東京地方裁判所 昭和55年(レ)8号 判決 1981年4月20日
控訴人
河野義
右訴訟代理人
岡田正美
被控訴人
中村勇
右訴訟代理人
牧野寿太郎
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 控訴人が別紙物件目録記載(二)の土地につき通行権を有することを確認する。
3 被控訴人は、控訴人が右土地を通行することを妨害してはならない。
4 被控訴人は、控訴人に対し、別紙図面(イ)点と(ロ)点を直線で結んだ線の東側部分に設置した塩化ビニール製波形板塀のうち(イ)点から北方二メートルの部分までを収去せよ。
5 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
6 第4、5項につき仮執行の宣言
二 被控訴人
主文第一項と同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 控訴人は、田島吉次郎から、昭和二八年一〇月三一日、その所有にかかる東京都葛飾区奥戸二丁目一三八六番二の宅地171.90平方メートルのうち44.49平方メートルの部分(以下「控訴人賃借土地」という。)を建物所有の目的で賃借し、同部分を占有している。田島吉次郎は、昭和三六年三月二七日死亡し、田島成信が相続により同部分の所有権を取得し、賃貸人たる地位を承継した。
2 控訴人賃借土地の東側に接している別紙物件目録記載(一)の土地は、田中兼太郎の所有であるところ、同人から被控訴人が建物所有の目的で賃借し、これを占有している(以下右土地を「被控訴人賃借土地」という。)。
3 控訴人と被控訴人は、昭和三〇年一〇月一二日ころ、別紙物件目録記載(二)の土地部分(以下「本件土地部分」という。)につき、使用貸借契約を締結し、以来本件土地部分を通路として使用している。
4 仮に右主張が認められないとしても、控訴人は、昭和三〇年六月ころより二〇年間本件土地部分を通路として使用してきた。控訴人は、本訴において右通行地役権の取得時効を援用する。
5 仮に以上の主張が認められないとしても、控訴人賃借土地は、次の事実からいわゆる袋地にあたり、民法二一〇条の準用により、控訴人は、本件土地部分につき囲繞地通行権を有する。
(一) 控訴人賃借土地の北側及び西側は、いずれも同土地の含まれる東京都葛飾区奥戸二丁目一三八六番二の土地であるが、控訴人賃借土地の北側部分は株式会社奥戸モータースが、西側部分は青木某がそれぞれ田島成信から賃借し、それぞれの建築にかかる建物が存在しており(株式会社奥戸モータースの建物は昭和一一年六月に建築されたものである。)、株式会社奥戸モータースの建物の一部を取り壊さないかぎり直接公路に達することができない。また、控訴人賃借土地の南側は、同所一三八六番一の土地に接しており、同土地は田島成信の所有であるが、暁工業株式会社に賃貸され、しかも同土地の東側には、公路との間に合資会社山内商店所有の同所一三八〇番一の土地が存在する。さらに、控訴人賃借土地の東側は、前記のとおり被控訴人賃借土地に接している。このように、控訴人賃借土地は、その四方を株式会社奥戸モータース、青木某、暁工業株式会社及び被控訴人の各賃借土地に囲まれていて、本件土地部分を通つて公路へ至るほかない状況にある。
(二) 控訴人は、その賃借土地に登記した建物を有する。
6 被控訴人は、控訴人が本件土地部分につき通行権を有することを争い、昭和五二年一〇月五日、被控訴人賃借土地と控訴人賃借土地との境界である別紙図面(イ)点と(ロ)点を直線で結んだ線の東側部分に塩化ビニール製波形板塀を設置して、控訴人が本件土地部分を通行することを妨害している。
7 よつて、控訴人は、控訴人が本件土地部分につき通行権を有することの確認と被控訴人に対し、控訴人が同土地部分を通行することの妨害禁止及び右塩化ビニール製波形板塀のうち(イ)点から北方二メートルの部分までの収去を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1、2の事実は認める。なお、田中兼太郎は死亡し、田中貞二が相続により被控訴人賃借土地の所有権を取得した。
2 同3の事実は否認する。もつとも、被控訴人は、控訴人が本件土地部分のうち南側隣地との境界線に沿つてわずか五〇センチメートル位の幅の部分を通行することを許していたことはあるが、それは近隣のよしみとして許したものであつて、使用貸借契約を締結したものではない。
3 同4の事実は否認する。
4 同5のうち控訴人賃借土地が袋地であるとの主張は争う。
控訴人主張の一三八六番二の土地は、北方部分において公路に接しているから、控訴人賃借土地は袋地に該当せず、仮に袋地に該当するとしても、控訴人は、民法二一三条により株式会社奥戸モータースの賃借土地に対して通行権を主張すべきである。
5 同6の事実のうち被控訴人が控訴人主張の塀を設置したことは認める。
三 抗弁(使用貸借の主張に対する)
仮に控訴人主張の使用貸借契約が成立したとしても、同契約の期間は被控訴人が被控訴人賃借土地上の建物を改築するまでの一時的のものであつたところ、被控訴人は、昭和五二年三月末ころ右改築工事に着手したので、そのころ右使用貸借契約は終了した。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実のうち、被控訴人が被控訴人賃借土地上に建物の改築工事に着手したことは認めるが、その余の事実は否認する。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。
二右当事者間に争いがない事実に、<証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。
控訴人は、昭和二八年一〇月三一日、控訴人賃借土地上の建売住宅を借地権付で高橋某から買い受け、同建物に居住し、同土地を田島吉次郎から賃借するに至つた。当時、公路への通路としては、別紙図面の青木宅と奥戸モータース建物との間に幅約1.8メートル余の通路があり(この通路は数年後に閉鎖された。)、この通路は北方の自動車道路に通じていたので、控訴人は、右通路を利用するほか、別紙図面の(イ)点と(ニ)点を直線で結んだ線の南側の土地を通つて道路へ往き来していた。被控訴人賃借土地は、当時湿地帯の空地であつたが、昭和三〇年ころ小俣公人がこれを埋め立て、同地上に建物を建築するにあたり、控訴人の妻が小俣に本件土地部分を通行したい旨申し入れたところ、小俣は、本件土地部分を空けて建物を建築し、控訴人が本件土地部分を通行することを認めた。同年一〇月ころ、小俣は、右建物を借地権付で被控訴人に売り渡したが、控訴人が本件土地部分を通行することに対し、被控訴人は異議を述べなかつた。もつとも、被控訴人も本件土地部分の南側に物干を造るなど本件上地部分を庭先として利用した。昭和四二年ころ、暁工業株式会社が別紙図面(イ)点(ニ)の点を直線で結んだ線上に設置していた板塀をブロック塀に造り替えてからは、控訴人は、もつぱら本件土地部分を通つて道路へ往き来するようになつた(なお、控訴人が本件土地部分のうち南側隣地との境界線に沿つて五〇センチメートル位の幅の部分を通行することを被控訴人が許していたことは、被控訴人の認めるところである。)。その後昭和四五年ころ、控訴人が旧建物を取り壊しその跡地に現建物を建築したところ、被控訴人は、被控訴人賃借土地の地主である田中に相続して同人の意見を聴いたうえ、当時田中の差配をしていた寺本某をして控訴人の妻に対し、被控訴人が右土地上の建物を改築するまでは本件土地部分の通行を認めるが、右改築する際は本件土地部分の使用を禁止する旨申し入れた。これに対し、控訴人の妻は、その時はその時で考える旨返答した。その後、被控訴人が昭和五一年に控訴人に対し、建物を昭和五二年二月に改築する旨通告したところ、控訴人は同人の建物の玄関を南方の暁工業株式会社側に付け替えるので改築工事の開始を延期してくれるよう申し出た。なお、控訴人は、被控訴人に対し、昭和五一年まで盆と暮に中元と歳暮を届け、被控訴人はこれにお返しをしていたが、控訴人と被控訴人との間に、本件土地部分の通行に関し書面は作成されておらず、また、控訴人から被控訴人賃借土地の所有者である田中に対し、本件土地部分の通行に関し直接承諾を求めたことはなかつた。
以上の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。
右認定の事実によれば、被控訴人は、控訴人と隣合わせに居住する借地人同志の好意として、昭和三〇年一〇月ころから控訴人が被控訴人賃借土地の庭先である本件土地部分を通行することを承諾していたものとみるのが相当であり、控訴人主張のように使用貸借契約(それは、控訴人が無償で本件土地部分を利用した後返還することを約して、被控訴人から本件土地部分の引渡を受けることにより成立し、控訴人は本件土地部分の利用権能を全部取得することになる。)が締結されたと解するのは相当でない。
してみれば、使用貸借契約が成立したことを前提とする控訴人の請求は、その余の点を判断するまでもなく、理由がない。
三次に、通行地役権の取得時効の主張について判断するのに、借地人が通行地役権を時効により取得することができるかどうかは問題であるが、仮にこれを積極に解するとしても、右時効取得が認められるためには、民法二八三条にいわゆる継続の要件として、借地人により承役地上に通路の開設がなされることを要するものと解すべきところ、本件において、控訴人が本件土地部分に通路を開設したことを認めるに足りる証拠はない。かえつて、前記認定の事実によれば、控訴人は、昭和三〇年ころから被控訴人賃借土地の庭先である本件土地部分を通行してきたにすぎないというのであるから、このように通路の設備のない庭先を永年通行してきたからといつて、それだけの事実により通行地役権の時効取得を認めることはできない。
してみれば、通行地役権の時効取得を前提とする控訴人の請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。
四そこで、囲繞地通行権の主張について判断するのに、請求原因5(一)の事実のうち、控訴人賃借土地が同人主張のとおりその四方を株式会社奥戸モータース、青木某、暁工業株式会社及び被控訴人の各賃借土地に囲まれていること、株式会社奥戸モータース及び青木某の各賃借土地は、控訴人賃借土地の含まれる東京都葛飾区奥戸二丁目一三八六番二の土地の各一部であり、暁工業株式会社の賃借土地(同所一三八六番一)とともに田島成信の所有であること並びに同5(二)の事実は、被控訴人において明らかに争わないのでこれを自白したものとみなす。
ところで、一筆の土地の一部を賃借している場合において、その賃借土地が第三者の賃借土地に囲まれ、直接公路に通じていない場合には、いわゆる袋地にあたると解すべきであるが、囲繞地の一つである第三者の賃借土地が右袋地と同一人の所有に属し(したがつて、同一賃貸人ということになる。)、直接公路に通じている場合においては、民法二一三条二項の準用により、その囲繞地通行権は、右同一賃貸人にかかる賃借土地に対してのみ主張することができ、右同一賃貸人とは異なる第三者所有にかかる賃借土地に対しては主張しえないものと解するのが相当であるから、右同一賃貸人とは異なる第三者所有にかかる賃借土地に対して囲繞地通行権を主張する者は、右同一賃貸人にかかる賃借土地も公路に通じていないことを主張立証しなければならないと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、<証拠>中には、株式会社奥戸モータースが田島成信から賃借している土地は公路に通じていないとの部分があるが、他方、控訴人は、右賃借土地が公路に面している図面を訴状等に添付してこれらを陳述していること、<証拠>を合わせ考えれば、右賃借土地の属する一三八六番二の土地は、公図上、その東北方において公路に接しているかのように推認される。
これを要するに、株式会社奥戸モータースの右賃借土地が公路に通じているかどうかは真偽不明であるというほかないから、このような場合には、控訴人は、控訴人賃借土地と所有者を異にする被控訴人賃借土地(このことは前記認定のとおりである。)に対し囲繞地通行権を主張することはできないものといわざるをえない。
のみならず、囲繞通行権に基づき通行することのできる場所は、通行権を有する者のため必要にして、かつ、囲繞地のために損害がもつとも少ない場所でなければならない。
これを本件についてみるに、前記認定の事実に、<証拠>を総合すれば、被控訴人は、昭和五二年に被控訴人賃借土地上の建物を改築したが、同土地とその南側に隣接する合資会社山内商店所有の一三八〇番一の土地との境界に沿つてブロック塀が設けられており、右ブロック塀と被控訴人所有の右建物との間には東方公道に接する部分において幅約2.4メートル、西方控訴人居宅部分において同約2.20メートルの空地が存すること(なお、<証拠>によれば、右空地は、従前は別紙図面の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(イ)の各点を直線で結んだ範囲内(すなわち、本件土地部分)であつたが、被控訴人は右建物改築にあたり右部分に車庫を建設する目的で空地部分を前記のとおり広くしたこと、しかし、現在は本件係争中のため徒歩七、八分の距離の駐車場に月額金五五〇〇円の賃料を支払つて自動車を駐車させていることが認められる。)、控訴人賃借土地の南側に隣接する一三八六番一の土地を田島成信から賃借している暁工業株式会社は、同土地と東方道路との間に存在する前記一三八〇番一の土地を合資会社山内商店から賃借しているが、暁工業株式会社は、右一三八〇番一の土地を自動車、自転車等の置場として使用するほか道路としても使用しており、控訴人賃借土地の西隣の土地の賃借人青木は、右暁工業株式会社の賃借土地の一部を同社の承諾の下に公路に通ずる唯一の通路として利用していること、控訴人も従前右場所をも通路として使用していたことがあること、同社も控訴人が右場所を通行することを必ずしも禁止する意向は持つていないことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。
右認定の事実によれば、本件土地部分が控訴人賃借土地の囲繞地のうちでもつとも損害の少ない場所にあたるものと考えるのは困難である。この点からも、本件土地部分に対し囲繞地通行権を主張することはできないものと解するのが相当である。
してみれば、囲繞地通行権の存在を前提とする控訴人の請求は、その余の点を判断するまでもなく、理由がない。
五以上のとおり、控訴人の請求は、いずれも理由がないからこれを棄却すべく、これと同旨の原判決は相当である。
よつて、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(上田豊三 佐藤道雄 西口元)
物件目録
(一) 東京都葛飾区奥戸二丁目一三八三番一
畑 一九平方メートル
(現況宅地 実測43.85平方メートル)
(二) 右土地のうち別紙図面の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(イ)点を順次直線で結んだ範囲内の部分約六平方メートル。